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【第2回】クレームから逃げ続けた私が、最後にたどり着いた仕事

一般社団法人日本クレーム対応協会 谷厚志3分で読めます

前回は、若い頃の私がイベント司会で大失態をして、芸能活動をあきらめることになった話を書きました。

今回は、その後の話です。

大学を卒業した私は、サラリーマンになり、営業の仕事をしていました。

目の前の仕事に一生懸命、取り組んでいました。

でも、心の奥には、あの時の苦い記憶がトラウマになっていました。

「もう二度と、怒られたくない」

クレームや批判を受けることを、必要以上に怖がっていたのです。

ところが、怖いものから逃げていると、人間は不思議なことをします。

私は、

「自分が怒られないようにする」ことに必死になりました。

部下や周囲の人に対しても、

「なんでできないんだ!」
「もっとちゃんとやれ!」

と、ダメ出しばかり。

今振り返ると、かなり面倒くさい上司だったと思います(笑)。

いや、笑い事ではありません。

クレームから逃げていた私は、いつの間にか自分自身が“クレーマー上司”のようになっていたのです。

ある日、そんな私の姿勢を見かねた社長からが呼び出しをうけました。

そこで、こう言われました。

「谷君に必要なことだと思っているのですが、“ 私心なきこと ”を学んでほしい」

つまり、

「自分、自分、自分」ではなく、相手のために仕事をしてみなさい。

ということでした。

そのために、私はお客様サポートのコールセンターへ異動することになりました。

そこには、パートのスタッフも含め、オペレーターさん約300人の方がいました。

「よし、心を入れ替えよう!」

……となれば良かったのですが。

そう簡単に人は変わりません。

相変わらず自分中心の仕事をして、部下・オペレーターさんから総スカン(笑)。

その後も異動やグループ会社への出向が続き、最後にたどり着いたのが、

お客様相談室。

そうです。

クレームから逃げ続けていた私が、クレームを受ける専門部署、

しかも、クレーム対応の責任者になったのです。

人生って、本当に面白いですよね。

ただ、当時の私は全然笑えませんでした。

会社に行こうとすると吐き気がする。熱が出る。毎日が憂うつ。

「なんで俺がこんな仕事を……」

そんな状態でした。

そして、ある日。とうとう会社をズル休みしてしまいました。

ベッドでボーッとしながらインターネットを見ていると、ある詩が目に飛び込んできました。

『 夢のような毎日 』と題したポエム集でした。

そこには、病気と闘う子どもたちの「叶えたい夢」が書かれていました。

「おいしいラーメンが食べたい」「おウチでゆっくりしてみたい」

「病気をなおしてお父さん、お母さんを安心させたい」「大人になりたい」

そして、最後にあった言葉。

「あなたがくだらないと思っている今日は、昨日亡くなった人が、なんとしても生きたかった今日なのです」

胸に突き刺さりました。

「俺は、何をやっているんだろう」「与えられている仕事があるのに、それに背中を向けて・・・」

「こんな大人がいて良いハズがない」、そう思ったのです。

そして私は決めました。

今、自分に与えられている仕事に、ちゃんと向き合ってみよう。

クレーム対応という”誰もがやりたくないと思う仕事”を、誰よりもできるようになろう。

ここから、私のクレーム対応人生が始まりました。

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