前回は、若い頃の私がイベント司会で大失態をして、芸能活動をあきらめることになった話を書きました。
今回は、その後の話です。
大学を卒業した私は、サラリーマンになり、営業の仕事をしていました。
目の前の仕事に一生懸命、取り組んでいました。
でも、心の奥には、あの時の苦い記憶がトラウマになっていました。
「もう二度と、怒られたくない」
クレームや批判を受けることを、必要以上に怖がっていたのです。
ところが、怖いものから逃げていると、人間は不思議なことをします。
私は、
「自分が怒られないようにする」ことに必死になりました。
部下や周囲の人に対しても、
「なんでできないんだ!」
「もっとちゃんとやれ!」
と、ダメ出しばかり。
今振り返ると、かなり面倒くさい上司だったと思います(笑)。
いや、笑い事ではありません。
クレームから逃げていた私は、いつの間にか自分自身が“クレーマー上司”のようになっていたのです。
ある日、そんな私の姿勢を見かねた社長からが呼び出しをうけました。
そこで、こう言われました。
「谷君に必要なことだと思っているのですが、“ 私心なきこと ”を学んでほしい」
つまり、
「自分、自分、自分」ではなく、相手のために仕事をしてみなさい。
ということでした。
そのために、私はお客様サポートのコールセンターへ異動することになりました。
そこには、パートのスタッフも含め、オペレーターさん約300人の方がいました。
「よし、心を入れ替えよう!」
……となれば良かったのですが。
そう簡単に人は変わりません。
相変わらず自分中心の仕事をして、部下・オペレーターさんから総スカン(笑)。
その後も異動やグループ会社への出向が続き、最後にたどり着いたのが、
お客様相談室。
そうです。
クレームから逃げ続けていた私が、クレームを受ける専門部署、
しかも、クレーム対応の責任者になったのです。
人生って、本当に面白いですよね。
ただ、当時の私は全然笑えませんでした。
会社に行こうとすると吐き気がする。熱が出る。毎日が憂うつ。
「なんで俺がこんな仕事を……」
そんな状態でした。
そして、ある日。とうとう会社をズル休みしてしまいました。
ベッドでボーッとしながらインターネットを見ていると、ある詩が目に飛び込んできました。
『 夢のような毎日 』と題したポエム集でした。
そこには、病気と闘う子どもたちの「叶えたい夢」が書かれていました。
「おいしいラーメンが食べたい」「おウチでゆっくりしてみたい」
「病気をなおしてお父さん、お母さんを安心させたい」「大人になりたい」
そして、最後にあった言葉。
「あなたがくだらないと思っている今日は、昨日亡くなった人が、なんとしても生きたかった今日なのです」
胸に突き刺さりました。
「俺は、何をやっているんだろう」「与えられている仕事があるのに、それに背中を向けて・・・」
「こんな大人がいて良いハズがない」、そう思ったのです。
そして私は決めました。
今、自分に与えられている仕事に、ちゃんと向き合ってみよう。
クレーム対応という”誰もがやりたくないと思う仕事”を、誰よりもできるようになろう。
ここから、私のクレーム対応人生が始まりました。
